馬鹿と魔剣と魔法の盾

第一話

『来るよ!』
 マヒンサが叫んだ。
「分かっている!」
 ラトロノースは叫び返して、魔剣を鞘から抜き放って構えた。
 闇の中に赤く光る十一の目がある。五匹の犬型の魔物と一つ目の人型の魔物。マヒンサが放った魔法の炎がその姿を一瞬浮かび上がらせる。が、動きが速く、岩陰や木陰にすぐ身を隠し、見えなくなる。
『馬鹿!魔剣は鞘から抜くなって言ってるでしょ!』
 マヒンサが叫び、ラトロノースは苛ついて叫び返した。
「この状況で言ってる場合かっ!」
 叫んで魔剣を振り下ろす。
 犬型魔物の二匹が飛び込み、まとめて切り捨てられた。まるで切られる為に飛び込んだようだ。
「よぉし!よし!よし!いいぞ!いいぞ!」
 ラトロノースが息を整えながら吐き出すように言う。しかしその声はどこか笑みを含んでいる。
 さらに一匹、背後からラトロノースに飛びかかった。一瞬早く、ラトロノースは魔剣を地面と平行に薙ぐ。魔物は胴を真っ二つにされ吹っ飛んでいった。
 ちちちちちち。舌打ちが聞こえる。一つ目の魔物が指示を出しているようだ。残り二匹の犬型魔物が周囲をぐるぐると走り始めた。
「いつ来る?いつ来るんだぁ?」
 ラトロノースが目を血走らせて言う。舌なめずりをしている。
『おい!ラトロノース!しっかりしろ!』
「しっかりしてるだろう!」
 叫びながら魔剣を振り上げた。
 その切っ先に飛び込んできた魔物が刺さる。魔物はそのまま悲鳴を上げて魔剣に串刺しになった。
 ラトロノースが思い切り剣を振り下ろすと、その勢いで魔物の屍が放り出され、地面に転がる。
 うるるるるるるる、うるるるるるる。言葉とも口笛ともつかない音がして、残りの魔物の気配がゆっくりと遠ざかっていった。
「どっちだ?どっちに行った?」
 ラトロノースが上ずった声で叫ぶ。
『落ち着け!ラトロノース!』
「あいつら!全員殺す!こっちか!」
 ラトロノースの形相が変わっていた。目を吊り上げ、しかし口元には笑みが浮かんでいる。叫んで走り出そうとするラトロノースの頭上に、伝説のハリセンが現れた。
『この!スカポンタン!』
 スパーン!と良い音をさせてハリセンが炸裂した。
 違わずラトロノースの手首を打ち、たまらずラトロノースは魔剣を取り落とす。
「うわ!何するんだ!マヒンサ!」
 はぁと大きな息を吐き、ラトロノースは地面に座り込んだ。
『さっさと剣をしまえ!』
「っつ!なんなんだよ!さっきから!」
 文句を言いつつ魔剣を鞘に収める。
「だいたいなぁ!マヒンサは俺にくっついてるから疲れてないだろうけど、俺はあいつらに絡まれた街外れから、ずーーーっと走りっぱなしだったんだぞ!」
『…気付いていないのか?』
「何をだ?」
『お前が強すぎる』
「はぁぁぁ?」
『確かにお前の剣技も体技も素晴らしい。だがな、最近のお前は凄すぎる』
「いやぁ、それほどでも…」
『照れるな!まだ褒めてない!』
「え?褒めてない?どこが?」
『この闇の中、お前はどうやって奴等の攻撃の瞬間を知った?』
「…それは…。俺くらいの達人になると気配で感じるというか…」
『魔剣の力じゃないのか?』
「なんだ?それは?」
『さっきだけじゃない。この前、国境付近で魔物に襲われた時もそうだ。お前の戦いぶりは完璧すぎた。それに、逃げた連中を追いかけて魔物の巣を全滅させたな?その必要はなかったのに』
「何言ってるんだ?あのまま魔物に殺されてもいいって言うのか?」
 ラトロノースは憤慨して叫んだ。
『そうじゃない。深追いして返り討ちにされたらどうするつもりだったんだと言っている』
「う…。そ、それよりマヒンサ!マヒンサの方こそ、どうなんだ?さっき居酒屋でマヒンサが声を上げなかったら、あのまま街で泊まれたんだぞ!篭手がしゃべってるってんで大騒ぎになって逃げてきて、あんな魔物に襲われるハメになったんじゃないか!」
『なんだと』
 マヒンサも、むっとしたようだ。
「それに、マヒンサは魔剣の”気持ち”が分かるんだろう?」
『前にも言ったろう。このところ魔剣が心を閉ざしているんだ』
「ん?ん〜?そんな事言われてもな。俺は普通に振り回せるし、大魔女と戦った時みたいに勝手な動きをしないから、どっちかというと使い易くなっている気がするけどな」
『剣を握ると、おまえが普通じゃなくなってきている。分からないのか?』
「そうかぁ?」
 ラトロノースは不満そうに口を尖らせた。
『そうだ。魔物の死体を調べてみろ』
「えー?」
『えー、じゃない!』
「へいへい」
『へい、でもない!』
 ここは木々がまばらに生える森の入り口だ。街外れで襲われ、ここまで必死で走って逃げてきたのだ。連中は走り疲れたラトロノースを仕留める算段だったのだろうが、ラトロノースはルー・クーンシー程ではないが体力馬鹿だ。魔剣を振り回せる余力は残っていた。それも魔剣の力だったのかもしれないが。
 息をついて、ラトロノースは仕方なく立ち上がる。マヒンサの灯す火の魔法で、地面に転がった魔物を確認して回った。まだ切り伏して間も無いというのに、皆一様に、魔力も生気も吸い取られカサカサに乾いていた。
「あれ?」
『やはりな。魔剣が吸っているんだ』
「え?」
『大魔女を喰らった剣だ。何か変化はあるだろうよ。剣自体の魔力も相当上がっているというのに、まだ吸い足らないとみえる』
「……」
『剣を振るった時、お前は何を思っていた』
「いや、必死で。なんとかしないととか…」
『よく思い出せ。剣を握った手から何か感じなかったか?』
「そういえば…剣の方が先に動いていたような?何か、剣を振るうと気持ちが昂ぶるというか、斬った後も、もっと斬りたいというか…」
『…おまえ、魔剣に操られているのではないのか?』
「な!何を言うか!この通り、俺はちゃんと俺の意志で動いているぞ」
『元々その剣は勇者以外は扱えない代物だ。他の人間が持とうもんなら、そいつを操って勇者を殺そうとしていたからな。勇者の血を引くお前は、操られる事はないかと思っていたが…危ないのかもしれん。ルー・クーンシーは石に戻され、魔剣がルー・クーンシーを殺そうとしているわけではないとしても、魔力を得る為に殺戮を繰り返す事は考えられる』
「……」
『そうだ、鞘に入っている限りは魔剣の力は及ばない。これからは魔剣は抜かずに鞘ごと振り回せ。鈍器だと思えば立派な武器だ』
「いやいやいや、そんな事言われても無理だから!」
 ラトロノースは訴えたがマヒンサは取り合わない。
『なぁに、お前くらいの達人になるとどんな物でも扱えるだろう?それに火の魔法は得意じゃないか。威力は高いぞ!魔法を主力にして戦うのはどうだ?精度も連発も今ひとつだが、やればできる!やれ!』
「……」
 ラトロノースは憮然とした表情でマヒンサを見た。

 ステンザイム。
   ラーデクラインから二つの小国を挟んだ大国だ。ラーデクラインとは不戦協定を結んでいるが、さほど良好な関係とは言いがたい。大魔女はマヒンサの身体を得て復活した後、ステンザイムを攻める腹づもりだったらしい。何百年も昔から大魔女はステンザイムを欲していたようだ。しかし、大魔女亡き今、ラーデクライン新王にそんな野心は無い。むしろ正式に友好国にしたいと考えていた。
 ステンザイムでは、大魔女の訃報で特使を送ったが城下にすら入れず、特使は不信感をステン王に伝えたとかで、それに対する謝罪の書簡をステン王に渡すという名目で、ラトロノースは出国していた。
 既にステン王との謁見は済ませ、イフライフラの娘である魔女の情報を得ようと街に出たのだ。マヒンサの姉の魔女が住むというデウス山にはまだ遠いが、ステンザイムは魔女伝説と勇者伝説の色濃く残る国でもある。何か有力な情報があるかもしれない。特に北方のノウル地方は勇者伝説が濃いというので、ラトロノースとマヒンサはそこを目指していた。
 大きな木の洞で一夜を過ごしたラトロノースは、運良く通りかかった馬車に乗せてもらう事が出来た。
 ノウル地方から来た農夫で、昨日ラトロノース達がいたセビアの街に、収穫物を売りに行った帰りらしい。御者台は狭く、ラトロノースは街で買ってきたらしい日用雑貨と一緒に荷台に座らされていたが、贅沢は言えない。
 がたがたと揺られながら、ラトロノースが、夜に魔物に襲われた話をすると、農夫は同情してくれた。
「あんた!本当に運が良かったな!夜はこの街道は通るもんじゃないよ!一つ目の鬼が出るんだよ!セビアの街で聞かなかったのかい?」
「いやぁ、その話を聞く前に街を出てしまったので」
 ラトロノースはもごもごと言い訳したが、その話は居酒屋に入った時に聞かされていた。それを聞いて、その街に一泊しようと思っていたのだ。
「それにしてもこんな田舎に、あんたのような騎士様が来るなんて珍しいもんだ。何しにきたんだい?」
「え?あ、実は勇者の事を調べていて…ノウル地方は…くわし…い…」
 ラトロノースが言い終わる前に農夫が叫んだ。
「おお!勇者ルー・クーンシー様の事をかい?」
 嬉しそうに荷台に向かって後向きになる。手元が狂ったのか、馬が少し暴れて荷台が軋んだ。
「おおっと!すまねぇ!」
 前を!前を向いてくれ!ラトロノースは心の中で叫んだ。
 農夫はご機嫌な声で聞いてきた。
「騎士様にとっても勇者様は特別なのかい?」
「そりゃあ、もう…特別すぎるくらい特別ですよ…」
 複雑な気持ちで返事を返した。
 生まれてこの方ラトロノースは、勇者の血筋だと誇らしい事だと、そう言われて育ってきたのだ。それは今でも確かに誇らしいが、同時にルー・クーンシーの脳天気な笑顔を思い出すと、どうしても複雑な気持ちになるのだ。
「そうかい!それはいいことだ!勇者様は、この辺りでは神様の次に崇められているんだ!昔この辺りは悪い魔女がいてな、人間を困らせていたんだが、それを退治してくれたのが勇者様さぁ!それに、ここらは水が少なくて農民は困っていたんだ。勇者様が持っている剣で地面を打つと、なんと!そこから水が湧いてきたんだよ!”勇者の泉”といってな、そこは今でも綺麗な水が涌き出している!あんたも見ていくといい!それにな、勇者様は病気になった貧しい旅人が休めるように、山の中腹に穴を開けてくださったんだ!」
 農夫は誇らしげに言うが、旅人を助けるなら山に穴を開けるよりする事があるだろう、とラトロノースは思った。しかし口を挟む間も無く、農夫の”勇者の奇跡”話は続く。ラトロノースが適当に相づちを打っていると、不意に農夫が声を上げて指差した。
「ほら!見えてきた!村の入り口だ!」
 まっすぐ続く道の向こうに巨大な石像が見えた。
 美麗な鎧も剣も篭手も実に細かに再現してある。
 確かに”アレ”は、勇者ルー・クーンシーだった。

 ノウル地方の入り口に当たるアド村は、長閑な村だった。畑と果樹園が広がり、その向こうに家々が立ち並んでいるのが見えた。アド村の中心部があの辺りなんだろうと、ぼんやりラトロノースが思っていると、不意に御者台の農夫が聞いてきた。
「で、あんたは勇者様の何を調べているんだ?」
 虚を突かれてラトロノースは狼狽えた。口から出任せを言っただけで何かを考えていたわけじゃない。
「いや!えーと!そう!勇者の家系図を!家系図を作りたいと思って!」
「ほう!それはちょうどいい!この辺りを治めるノウル家は勇者様の子孫なんだ!」
「え?」
「なんでも三百年前に魔女退治に来た勇者様がこの地で村の娘と恋に落ちてな。ここに住まわれたそうだ。その子孫がノウル家で、お屋敷には勇者様由来の品々がたくさんあるんだ!頼めば見せてくれるぞ!」
「……」
 以前のラトロノースなら、そんなことはあり得ない!我が一族こそが勇者の血筋だ!とか叫んでいたところだが、どうやら勇者は各地に子孫を残しているようなので、一抹の悲しみくれながらもソレを受け入れざるを得なかった。
 農夫はいきなり、そうだ!と叫んだ。
「これからノウル家のお屋敷に連れて行ってやるよ!
この村にはノウル家の別宅があってな。ちょうど当主のヤドラー様が療養にいらしているんだ!」
「え?いや!それは!心の準備が!」
『…行け』
 ラトロノースの足下に置いた雑袋から、女の声がした。
「ん?なんだい?今、ヘンな声がしなかったかい?」
「なにも!全然何もしてない!」
 慌ててラトロノースは雑袋を上から抑えた。
『何をする!ラトロノース!我慢して入ってやっているのに!』
 ラトロノースは馬車に乗せてもらう前に、マヒンサが目立たないように雑袋に入れたのだ。
「んん?やっぱりヘンな声がするぞ?」
 その時、街道の両側に並ぶ街路樹から、黒い鳥の群が大きな声を上げて飛び上がった。
「うわぁ!あれですよ!あれ!あれの鳴き声ですよ!…マヒンサ、しゃべるなって言っただろ!…」
 ラトロノースがささやく。
『…だったら例の屋敷に行け…』
 マヒンサが小さい声で答えた。
「…なぜに?」
『…理由を言おうか?』
「…いや、今はいい…」
「おいおい。どうしたんだい?具合でも悪いのか?」
「いや!大丈夫です!是非!是非!連れて行ってください!」
 必死でラトロノースが言うと、農夫は振り向き、満面の笑顔を見せた。
「よぉし!全速力で行くぞぉ!」
 いや!普通で!普通の速度で!とラトロノースは言いたかったが、農夫はノリノリで鞭を入れ、馬はいななき全速力で走り出した。荷台が激しく揺れ、ラトロノースは、振り落とされないようにしがみつくのがやっとだった。

 村中央から外れた所に、小さな森に囲まれた大きな屋敷があった。
 馬車は普通の速度で走っている。さすがに長い時間はあの速度で走れるものではなかったようだ。
 木々を抜けると、屋敷の敷地内に入る。大きな屋敷の庭に面した大窓が開け放たれ、一人の老人が椅子に座っているのが見えた。
「ヤドラーさまー!」
 農夫が叫んだ。
 椅子に座った老人が手を振った。
 農夫が言う。
「ヤドラー様はノウル家の御当主で、今、勇者様由来の巡礼地を作って、この地を盛り上げようとなさっているんだ!なぁ!あんた!良かったらヤドラー様の力になってくれないかい?」
「へ?」
「この地方は、昔、武器作りが盛んでそれなりに栄えていたんだが最近は寂れてきててね。そこでノウル様は勇者様の御偉功で、この地方を盛り上げようとされているのさ。さぁ!着いた!」
 馬車を止めると、農夫は飛び降りて庭に駆け込んで行った。
「…さて、どうするか…」
『さっさと行け!』
 雑袋の中からマヒンサの声がする。
「わ!黙ってろって!マヒンサ!」
『さっさと行って話を聞け!ステンザイムで勇者と縁のある者と会えるのは幸先がいい。勇者が倒した魔女というのは、おそらくイフライフラの長女のミューズリーだ。昔、大魔女に従う事を拒んで消されたと聞いた事がある。大方、大魔女がルー・クーンシーを使って殺させたんだろうよ』
「え?ソレって、マヒンサの…」
『ああ。姉だが顔も見た事もない。とにかく、その勇者の子孫の話を聞こうじゃないか』 「…分かった」
 そう呟くとラトロノースは雑袋を担ぎ、馬車の荷台から飛び降りた。
 よく手入れされた庭には綺麗な花々が咲いていた。花の間の小道を行くと、椅子に座ったまま老人が手招きをしている。農夫の姿はなかった。
「良く来てくれましたな。私はヤドラー・ドウル・ノウル。今は足が悪くて、座ったままで失礼するよ」
 ラトロノースが近づくと、そう言って老人は手の平を見せてから握手を求めた。武器は何も持ってないと示す、友好的な挨拶だ。ラトロノースもまた手の平を見せてから、その手を握った。
「今、お茶を持ってこさせておりますので、どうぞお座りください」
 老人が傍らの椅子を勧める。
「ありがとうございます」
 ラトロノースは礼を言うと、椅子に座った。
「聞けばあなた様は勇者ルー・クーンシーについて調べておられるとか」
「ええと。そうです。勇者の奇跡は…すごいですね」
 ラトロノースは、何と答えようか必死で考えたが出てきたのはふんわりとした言葉だった。
 なんつー答え方しているんだ!と雑袋の中でマヒンサが憤る。
 老人は、ふぉっとふぉっと鷹揚に笑った。
「さよう!勇者の奇跡は素晴らしい!わしはこの地にある勇者の奇跡の場所を巡礼地にして、巡礼者を呼び込もうと思っておるのだよ。勇者巡礼八十八ヶ所を作ってな」
「は?はちじゅうはちも?!」
「いやいや、勇者の奇跡はそんな物ではないぞ!たぶん!」
「たぶん?」
「今、その奇跡の場所を調べておるのだよ。わしらノウル家所縁の場所や村人達から伝承の地を聞いてな。村人自ら申請に来る事もある。わしらはそれを古文書などを使って精査し、認定しているのだよ。なかには自分の商売だけの為に、でっち上げる輩もいるのでな」
 うわー胡散臭い事になりそうだぞー、とラトロノースは思った。
「ところで、あなたはどちらの国から来られたのかな?見たところ、ステンザイムの人間ではなさそうだが」
「ラーデ…」
「お茶をお持ちしましたわ」
 ラトロノースが答えようとした時、艶っぽい女の声がして、屋敷の奥から銀の盆を持った若い女が現れた。
「おお!ミゼル!すまないな」
「いいえ、あなた。そうだ、コボスは果物を採りに行かせましたの。お茶菓子が一つも無いんですもの」
「ああ、すまんな」
「ところで、こちらが勇者の事を調べているという旅人さん?失礼ですけど、どちらからいらしたのかしら?」
「ラーデ…」
 ラトロノースが答えようとした時、さっきの農夫が満面の笑みで庭に駆け込んできた。
「旦那様!奥様!良い藪桃がなっていましたよ!」
 農夫は籠一杯に赤い実を持って来ている。
「まぁ!美味しそう!早速皮を剥きますわね」
 そう言って女が赤い実を手に取る。
「それはそうと、あんたはどこから来なすったんだい?」
 農夫が聞いた。
「ラーデ…」 
 ラトロノースが答えようとした時、森の方からスゴイ勢いで走ってくる馬の蹄の音がした。馬はその勢いのまま屋敷内に入ってくる。
「ん?あれはケドルではないか?ああ、いや、あの男はわしの弟ですよ」
「兄さん!」
 いささか小太りのその男は、転がるように馬を下りると老人の元に走り寄った。
「た!大変だ!兄さん!アンタルが!アンタルがいなくなった!」
「なんだと!」
 老人が立ち上がって叫んだ。
 あれ?足が悪いんじゃなかったのか?とラトロノースが思っていると老人がふらついた。
「危ない!」
「きゃあ!」
 悲鳴が上がる中、ラトロノースが誰よりも素早く手を伸ばして老人を支え、ゆっくりと椅子に座らせた。
「ああ!すまない!旅人よ、助かったぞ!そして、ケドルよ、それはどう事だ?」
 ケドルと呼ばれた男は何か封筒のような物を差し出した。
「書き置きです。勇者修行はもうイヤだ、と書いてあります…」
「なんだと!」
 立ち上がりそうになった老人に、皆が手を伸ばす。
 老人は腰を浮かそうとして、やめて、頭を抱えた。
「…なんだと…」

Copyright(C)2017.12.15 是意亜天 All rights reserved.初出 月夜飛行vol.27+16(2017.12発行)
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