冬の宴

宴の後

 玄田善右衛門といえば、ここらのテキ屋の元締めで、手広く商いもしているたいそうな金持ちだっていうじゃないか。
 最近奥さんを亡くしたって聞いたから、こりゃあしめたと思ったね。
 案の定ころりと騙されやがった。男なんてちょろいもんさ。
 まんまと後妻におさまったが、実家が田舎の山奥じゃないか。
 お城下に屋敷もあるっていうのに、実家に行けと言われてさ、こっちじゃないとイヤだって言ってみたけど、自分が留守がちだから家を守れとか言われてさ、これなら後妻じゃなくて妾にでもなれば良かったよ。
 仕方ないから田舎に行ったが辛気くさい屋敷で、もう十にもなる大きい娘がいてさ、邪魔だから寄宿舎のある女学校に入学させたんだよ。
 またその屋敷の古参の女中が五月蠅くて、いちいち出かけるのも了承がいるとか言いやがる。
 買い物も贅沢はダメだとか言いやがるから、これじゃ何の為に後妻に収まったのかわかりゃしない。
 豪勢な着物や宝石なんかも、全部娘に相続させるとか、頭くるじゃないか。
 そんなわけで、どうやってこの家を出てやろうかと思っていたら、ばったりあの男に会ったんだよ。
 五年前さ。一度きり押し入りをやった時に、一緒に仕事をした男さ。仲間なんかじゃないよ。その時に初めて会って、そのまま別れたのさ。
 押し入りなんてやるもんじゃないよ。あんな面倒くさい事。ちんけな詐欺でもやってた方がマシさ。子供を殺す羽目にもなっちまってさ。顔を見られちまってたから仕方なかったんだよ。押し入りの前準備で、その子供を菓子で釣って、いろいろ聞き出していたからね。いや、ほんとはその子供も親と一緒に出ているはずだったんだよ。家ン中で子供二人を見た時は肝冷やしたよ。
 玄田の家はホントに気味悪い所だったよ。
 田舎の高台にあって、ちょっと買い物に行くのも難儀でさ。夜になると周りは真っ暗。山から妙な声も聞こえる。
 そうそう、妙なしきたりもあってさ、ハレの正月が葬式みたいなんだよ。飾りも御馳走も無し。使用人も年寄りの女中以外、皆、家に帰らせてさ、残ったうちらは大晦日から正月にかけては、部屋に引きこもって絶対一歩も出ちゃなんないって、どういう了見なんだよ。
 でも、見ちまったんだよ。旦那の部屋にあるお宝。
 なんでも正月にしか出さない玄田家の家宝だっていうじゃないか。全部金で出来ている十二支の飾り。いや、それより凄いモノがあったのさ。金の茶碗だよ。金の飯がたんまり盛られてある。あれを頂いてこの家を出てやろうって思ったのさ。
 男に金の茶碗の話をしたら、すぐ食いついてきた。正月のしきたりの話をしたら、すぐには信じなかったけどね。間取りやらなんやら教えて、次の正月に盗んでやろうって決めたのさ。
 邪魔な旦那も仕事で出る事になってさ、あとは年寄りの五月蠅い女中が一人さ。婆ぁの一人くらいどうってことないけど、押し込みの時みたいな面倒ごとにならないように、階段に鑞を塗って転がしてやったんだ。首尾良く婆ぁは病院送りにしてやったんだが、なぜか若い女中が来やがって。まぁ、子供一人くらいどうってことないだろ。
 細工は流々、仕上げを御覧じろさ。朝になったらさっさと例の豪華な着物一式と宝石を身につけてさ、ついでに金細工のネズミも頂いてきた。男と合流したら、あいつもちゃんと仕事してた。
 温泉街にしゃれこんで、遊行三昧してたんだが、それから雲行きがおかしくなってきたんだよ。
 頂いてきたネズミの金細工は早々に質屋に売っぱらちまったんだけど、それが戻ってくるんだよ。何度でも。おかしな話だろ。
 戻ってくるだけなら、その度売っちまえばいいんだけど、戻ってくる度、あたしかあいつどちらか、必ず怪我をするんだよ。
 最初はあいつが転んで小指の骨を折った。次は反対側の腕を折った。馬鹿だねぇって笑ってたら、今度はあたしが足を怪我したのさ。売るのも怖いし、持っているのも気味悪いしで、とある神社に厄払いに行ったら、宮司に凄い勢いで追い返されちまった。しかたないから捨てて帰ってきたんだけど、三日後にはまた財布の中に入ってた。
 そして、あいつが肺病患っちまった。頭もおかしくなって、殺した二人の子供がいるとか言い出してきたから、ばっくれようとしたんだよ。でもその度、財布がなくなったり、電車が止まったり、どうにも出て行けないのさ。
 その頃には金も底をついて、どうにもこうにもならなくなってた。あたしの頭もおかしくなってた。ここを出て行くには、あいつを殺すしか無いって思ったんだ。
 どうしようもなかったんだよ。
 あいつを刺して家を出た。
 街中をうろついてたら、いたんだ。
 玄田善右衛門が。
 あたしは泣きついた。全て男に唆されてしたことだって言った。そうしたら、あの男は全て許してくれた。
 あたしは、またあの家に戻った。あの暗い家に。婆ぁも戻ってきていたが、何も言わなかった。そしてあたしは分かったんだ。全部しくまれていたんだと!この家に!この家の連中に!あの金の茶碗が戻ってきているのを見たんだ。遠くの町で売っぱらっちまったのに!あの綺麗な着物も宝石も全部、この家に戻っていたんだ!あたしは分かった。あたしはもうこの家から出られない。この部屋から出られない。鍵なんかかかっちゃいないけど、出られない。部屋の外にはあたしが殺した子供がいるんだ!あたしが殺した男がいるんだ!なにか分からないモノがいるんだ!それが扉越しにあたしに言ってくるんだよ!お前はこの家の贄だと!お前はこの家に喰われるんだと!ああ、胸が痛い。病院に連れて行くと言われたけど、まっぴらだ。食事を出してくるが、あいつら毒を盛るつもりだ。そんな飯、食うわけないだろ?ああ、身体が重い。頭も疼く。まっぴらだ!なにもかもまっぴらだ!
Copyright(C)2017 是意亜天 All rights reserved.初出 月夜飛行2016年5月発行 改訂 2017年1月
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