鮮烈なる炎の盾より放たれる光すらも

第九話

 古ぼけた階段を上りきると、そこは行き止まりだった。
 一枚岩の壁が、前方の空間を完全に塞いでいる。
 火虫召喚を完全にマスターしたルー・クーンシーは、熱くない火虫を大量に呼び出して辺りを照らした。壁を隈無く見たが、上下左右全く隙間なく塞いでいる。動かせそうな窪みも取っ手も無い。ただ壁の中程に、親指の先ほどの大きさの、白い丸い石が埋め込んであった。
「行き止まりです!師匠!」
『うるさいわね!見たら分かるわよ!』
 マヒンサは周りの壁に意識を集中させた。
 壁の記憶が流れ込む。
 過去の複数の大魔女オクンナハリは、出入りの度に、手を伸ばして壁の白い石に手の平をかざしている。
『中央に白い石があるでしょ。あれに手の平をかざしてみて』
 ルー・クーンシーは手を伸ばすと、白い石を隠すように手の平で覆った。
 何も起こらない。
「何も起きません!師匠!」
『分かってるって言ってるでしょ!くそー。魔法でふさいでるのかー。やっかいだなー。呪文分からないしなー』
 ルー・クーンシーはおもむろに魔剣を振り上げた。
『おい!何をする!』
 ルー・クーンシーは答えず、いきなりその切っ先を白い石に突き刺した。
 ぎぃいいいいいいいやぁぁあああああ!
 白い石が砕け、しわがれた悲鳴と白い光が溢れ出た。
『何すんだ!お前!』
「魔剣だったら魔法ごと切れるかと思って」
『切れてないじゃないか!』
 白い石は跡形もなくなったが、壁は全く動いていない。
「蹴ってみましょうか?」
『蹴る?』
 ルー・クーンシーは壁を爪先でちょっとつついてみた。パラパラとホコリが落ちた。少し強く蹴る。バラバラと小さい破片が落ちてきた。さらに強く蹴るとゴゴゴゴゴゴと低い音がして辺りが振動し始めた。
『さっさと逃げる!』
「あ!はい!」
 大音響を背にルー・クーンシーが階段を駆け下りると、音と一緒に背後から崩れた無数の壁の破片が転がり落ちてきた。火虫が逃げ惑いながらルー・クーンシーに従う。破片のいくつかがルー・クーンシーにも篭手のマヒンサにも当たり、さらに砕けた。石は本来より脆くなっているようだ。
「あたたたたた!」
『いたたたたた!』
「え!師匠!痛みを感じるんですか!」
『……痛くない…。痛くないわよ!でも!あんな石が当たったら痛いような気がするじゃない!」
「えー?気持ちの問題ですかー?」
『うるさい!石が落ちてこなくなったら、さっさと上がる!』
「あー、はいはい」
『返事は一回!』
「はいはい」
 ひょいひょいとそこここに転がっている石の欠片を避けながら、ルー・クーンシーは階段を上がりきった。
 狭い部屋に出た。地下への階段は隠し通路だったようだ。入口は飾り棚で塞がれていたようで、それを魔法で開け閉めしていたのだろう。魔剣の効果かルー・クーンシーの脚力か、飾り棚は粉々に崩れている。
 マヒンサは壁の記憶を探る。オクンナハリがこの部屋を出入りする様が見える。過去には王や王妃が魔師を伴って出入りしていたようだ。
 さらに壁伝いに通路を探るが、途中で曖昧になり途切れてしまった。さすがに遠すぎる記憶は切れ切れになっているようだ。
『まぁ探りながら進むしかないね。その扉を抜けたら右。そのまま通路沿いを行くわよ』  マヒンサの指示通り通路を進む。人の気配は無い。
『んじゃ、次は水蟲に行こうか。こいつは水を纏った石みたいなモノ。というか、水を吹き出す石みたいなモノね』
 マヒンサが詞を紡ぐ。事も無げにルー・クーンシーは続ける。
 不意に目の前に小さい丸い石が現れた。それがシュルシュルと水を吹き、丸い石は水をシャボン玉のように丸く纏った。
 まったく大したもんだわとマヒンサは思ったが言葉にはしない。
『火虫のように動きを指示することも出来る。上に行くよう指示しなさい』
「えーと、上へ行け!」
 シャボン玉の表面がさざ波のように波打ち、しかし水蟲はその場所を動かない。
『イヤだってさ』
「え?拒否したりするのですか?」
『火虫よりワガママだから、そいつ。でも強いヤツには従うよ。魔剣をちらつかせてみな』
 ルー・クーンシーは魔剣をすらりと抜くと水蟲に突きつけた。シャボン玉の表面が激しくざわつき、すーっと上に上がった。
『そうやって剣で脅しながら使役するんだよ』
「…なんていうか…私の知っている魔法とは全然違うんですね…」
『そんなもんだよ』
「あ!アレが水とすると、さっき習った凍虫と組み合わせれば、あの水を凍らせることもできるのでは?」
 言うとルー・クーンシーは詞を紡ぎ、針金のような凍虫を召喚した。それは目の前に現れると、すぐに上昇し、水蟲を凍らせた。空中に数秒氷の塊が浮き、床に落ちて壊れた。凍虫はやたら素直で協力的だ。
『大したもんだねぇ!』
 思わずマヒンサは感嘆の声を上げた。 「ええ!私は天才ですから!」
 ルー・クーンシーは爽やかに笑った。
『……まぁいいか。ん~?この先は広い空間があるようね。聖堂のような所かしら?王が祈りを捧げていた所…。今は大魔女が魔師達を使っていろんな儀式を行っているのね。止まって、ルー・クーンシー』
 通路の突き当たりには大きな扉があった。扉の前で止まる。
『この扉の向こうが聖堂よ。嫌な気配に満ちてるわ。石像がいくつかあるけど…あれは…皆、王族の…!これは!父様の?魔法?」』
 いきなり辺りが振動した。
 扉の向こうから、何かが壊れる音と体を圧する魔力の波動を感じた。
『来た!大魔女が来たわ!ルー・クーンシー』
「私も感じます!師匠!」
 鼻息も荒く、ルー・クーンシーが魔剣に手をかけた。
「やっと体が取り戻せますね!師匠!」
『おい!興奮しすぎだぞ!ルー・クーンシー!』
「当然じゃないですか!師匠も私も謀られたんですよ!大魔女の顔を、この剣で切り落としてやりますよ!師匠!」
『…そうね。簡単にいくとは思えないけど』
「行きましょう!師匠!体を取り戻す為に!」
『いや、ちょっと待て!』
「行きます!」
『いや、だから!ちょっと待てって!』
 マヒンサの制止を振り切ってルー・クーンシーは扉を押し開いた。
「覚悟しろ!大魔女!」

 騎士ラトロノースは詰め所から外に出た。
 見上げると、青黒く沈んだ空に西塔の窓だけが青白く光っているのが見えた。
 他の灯りは無い。
 大魔女の遺体は塔に安置されたと聞く。冥界に近い地下では無く、神に近い塔の最上階に。考えられないことだ。おそらくあの灯があるのがその部屋なのだろう。
 誰もが喪に服し灯りを消しているというのに、死体しかない塔だけに灯りがあるのは何か腹立たしい気持ちになった。
 ラーデクライン国に忠誠を誓ったが、大魔女に忠誠を誓ったわけじゃない。
 ラトロノースはそう思っていた。
 城外に向かう途中で、騎士ラトロノースは血相を変えた騎士ワイトに捕まった。
「騎士ラトロノース!来てくれ!」
「いや、今はちょっと野暮用があってな」
「大魔女が蘇った!」
「何だって?」
「魔師達が呪術を行ったらしいんだ!」
「気味悪い話だな。だが大魔女が生き返ったんなら喪に服すことも無い。結構な事じゃないか。じゃ!俺は城外の酒屋にでも行ってくる」
「何バカな事言ってるんだ!いいか?よく聞け!…大臣が反旗を翻した。もう戦闘に入っている。既に何人もの同志が倒された。大魔女が完全に力を取り戻す前に倒さないと大変な事になる!」
「何の話だ?」
「よく聞け!ラトロノース!大魔女は体を変えながら生き長らえていた!何人もの市井の女達が犠牲になっていたんだ!しかも、自分の魔力を高める為に人間を喰らっていたんだぞ!大臣達が手を尽くして探っていたんだ!やっと決定的な証拠を手に入れたということだ!今回はどうやら、あのルー・クーンシーが一枚噛んでいるらしいぞ!新しい体はヤツが手に入れたという話だ!」
「何だってぇ!」
 ラトロノースが顔色を変えた。
「ルー・クーンシーはどこにいる!」
「分からん。同志が帰ってきたルー・クーンシーを南塔に幽閉しようとして失敗したらしい。今はどこにいるか分からんのだ」
「大魔女の所じゃないのか?」
「分からん。あの目立つヤツを見落とすはずは無い。魔師どもに誑かされて消されたのかもしれん。とにかく!加勢してくれ!俺は人を集める!」
 騎士ワイトは走り去った。
 残された騎士ラトロノースは憤怒の顔を上げた。
 勇者の名と同じルー・クーンシーと名乗りながら大魔女の手下に与するとは何事か!勇者の血筋として絶対に許せん!
 それに、ルー・クーンシーが命を落としたとは思えなかった。あの勇者を誰が倒せるというのだ?
「いやいや!」
 ラトロノースは頭を振った。あれは勇者ではない!断じて!俺は絶対認めん!
「ラトロノース!」
 完全武装の騎士エリエが駆け寄った。ミスリルの兜から美しい黄金の髪がこぼれている。
「ワイトから話は聞いた!私は行く!どうする!ラトロノース!」
「行くさ!」
 ラトロノースが答えると、エリエは持っていたラトロノースのミスリルの兜を渡した。
「相手は魔師だからな。魔法防御がなければ話にならん」
「おう」
 二人は西塔に向かって駆け出した。
 西塔の入口には何人もの騎士が傷つき倒れていた。
 数人の回復魔法を使える者が順番に処置している。塔の上方から怒声は聞こえるが戦闘の気配は無い。
「大魔女はどこだ?」
「おお!ラトロノースか!奴ら、窓から聖堂に飛んだようだ!上にはいない!大魔女についていた騎士達もこちらに賛同した!大魔女側に残ったのは魔師達だけだ!大魔女達を追ってくれ!」
「分かった!」
 二人は聖堂に向かった。
 
 魔師二人分の血と魔力を吸い込んだ大魔女オクンナハリは、内から沸き立つ魔力に歓喜した。
「感じるぞ!感じるぞ!この力だ!この力を欲していたのだ!」
 思っていた以上に、マヒンサの体は良い器だったようだ。受ける魔力の全てを自らの魔力とする器だ。体の奥底に魔力が溜まっていくのが、歓喜と共に感じられた。
 はるか昔、マヒルノオボロギソウの花を見つけ、その香を嗅いだ時の魔力が高まる痺れるような歓び。しかし、あの時、折角手に入れたマヒルノオボロギソウは、仲間だと思っていた魔女に謀られ奪われ、どこにあるか分からなくなってしまった。あの時の絶望。歓喜と共にあの時の憎悪を思い出した。
「オクンナハリ様!」
 いきなり扉が開き、頭から血を浴びた魔師テブラが現れた。手に巻いていた魔包帯は外れ、魔力火傷をした紫の皮膚も露わになっている。
「こちらについていた騎士どもが裏切りました!」
 無念げに魔師テブラは言ったが、大魔女は高笑った。
「かまわん!騎士どもは全て妾の魔力の糧にしてやるわ!来い!テブラ!」
 大魔女は窓に飛んだ。
「聖堂に来い!テブラ!」
「ま、待ってください!私は飛べません!オクンナハリ様!」
「ちっ!」
 大魔女は舌打ちすると、手を伸ばして魔師テブラの頭を掴んだ。
 そのまま手の平から魔力を注ぎ込む。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 魔力を得たテブラは、酔ったようにまろびながら窓に手をついた。魔力火傷の跡が見る間に無くなっていった。恐ろしいほどの早さで傷ついた体が癒えていく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 テブラが吠えた。
 大魔女が窓枠を蹴り、飛んだ。空に浮き、艶然と微笑む。
「飛べ。テブラ」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 テブラは窓を乗り越え、空に飛んだ。
 感じたことの無い力がテブラの身内に駆け巡っていた。目眩がするほどの万能感、高揚感がテブラの脳に満ちていた。
「この国の、全ての人間の力をいただこう。まずは王族どもの力をいただくぞ。来い」
 大魔女は聖堂に飛んだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 テブラもまた一声吠え、その後に続いた。

 大魔女と魔師テブラは聖堂の天井のステンドグラスの上に降り立った。
 騎士どもが並木の参道を聖堂に向かって走ってくるのが見える。
「私が参ります」
 テブラが笑みを浮かべた。体の内に生じる力に酔いしれていた。信じられないほどの魔力の昂揚がテブラを突き動かしていた。
「行け」
 大魔女は一言言うと、ステンドグラスを蹴破って内部に降りた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 テブラが吠えた。
「何もかも捻りつぶしてくれる!」
 テブラは木の葉のように宙を舞い、騎士達の目前に舞い降りた。
「魔師テブラ!覚悟!」
 騎士の一人が大剣を振るう。テブラは楽々とそれを避けると火の玉を騎士に放った。
「させるか!」
 もう一人の騎士がミスリルの盾を差し入れ、火の玉はそれを跳ね返す。火の玉はテブラの元に飛び、その手の中に吸い込まれた。
 テブラは両の手を上げた。両手に一つづつ火の玉が浮かぶ。
「二つも操れるのか!」
 騎士が叫んだ。
 飛び出した二つの火の玉は、騎士二人とも跳ね飛ばした。ミスリルの鎧は魔の炎を通さないが衝撃を与えることは出来る。
 しかし魔力を高めた火の玉なら
「鎧ごと燃やし尽くしてくれる!」
 テブラが渾身の力を込めて、頭上に魔の炎を作り出した。
 赤い炎が音を立てて白に変わり、青い炎となった。急激な熱で辺りの空気が熱せられ上昇気流が起こり、辺りの木の葉や木の枝を巻き上げ吹き上げる。
 騎士達は集まり、盾を構えて魔法防御の呪文を唱えた。
 テブラは更に魔力を高める。魔の炎がはち切れそうになった時、騎士ラトロノースと騎士エリエが追いついた。
「なんだ!あれは!」
 目の前にぼろ切れを纏っただけの、獣のような男が宙に浮いていた。
「こっちへ!二人とも!魔師テブラが変容した!」
「あれが?あれが魔師テブラなのか?」
「こっちへ!二人とも魔法防御を敷いてくれ!」
「失せろ!雑魚ども!」
 テブラが叫んだ時、プス、と何かが切れるような音がした。
 テブラの頭上で燃え盛っていた炎が、しゅうううううううううううと音を立てて萎んでいった。
「…え?」
「え?」
「え?」
「えええええええええええ!」
 所詮大魔女におこぼれをもらったにすぎない。溢れるほどの魔力は跡形も無くなってしまっていた。
 それでもかろうじて体を浮かせると、テブラは窓に体当たりをして聖堂に逃げ込んだ。
「追うぞ!」
 騎士達は聖堂の入り口に向かった。

 大魔女は、聖堂の美しいホールの中央に立った。
 周囲には、中央を囲むように青い石で出来た歴代の王族達の像がある。年代が違うのか、どれも青い石で出来ているが、色合いが微妙に違っていた。そして、一つだけ、像の無い台座だけの物がある。それは一番古い、深い蒼い色をしていた。
 大魔女は一つの石像に近づき手を伸ばした。美しい装飾の鎧兜を身につけた、剣王と呼ばれた男。大魔女がかつて傅いていた男。武勇と共に魔力も優れていた。
「やっとあなたの力をいただける日が来ました」
 大魔女の手が石像に触れる。一瞬、石像が人の姿に戻り苦悶の表情を見せ、崩れた。
 溢れた魔力が大魔女に注がれる。
 歓喜の表情で大魔女が二つ目の石像に手を伸ばした時、聖堂の隅の扉が激しく開けられた。
「覚悟しろ!大魔女!」
 振り向くと奥の扉から、ルー・クーンシーが飛び出してきた。
 美しい顔立ち、痩躯だが力強い体に美しいミスリルの鎧を纏い、由緒あるマントを羽織り、伝説の魔剣を携え、しかし自分には決して逆らえない勇者が。
 大魔女は甘美な笑みを浮かべた。
 その時、自身の体が何かに共鳴するように震えた。
 一瞬怪訝な表情を浮かべたが、大魔女はさらに艶然と笑んだ。
 その腕にある美しい篭手から、ただならぬ魔力が感じられたのだ。その魔力に惹かれるように身内がざわざわとさざめく。
 あれが…
「そうか…あれが、マヒンサか」
 大魔女は微笑んだ。

 大魔女は、全裸に薄衣を纏っただけで、ホールの中央に仁王立ちに立っていた。
 裸体は若々しく、力に溢れ、露わになった乳房は身内から迸る魔力からか、白く光り輝いているように見える。
「ぅわぁ!」
 ルー・クーンシーはさっきの憤りを忘れたように、どこか嬉しげな声を上げた。
「あんな事になっていますよ!師匠!」
『うわぁ!じゃねぇっ!何やってんだぁぁぁ!他人様の体を安売りするんじゃねっぇぇぇ!』
 マヒンサは叫んだ。
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